おっさんミーティング
よく人を褒める人は、よく人から褒められたい人でもある。それは等価交換であり、エールの交換であり、経済や情報交換の根底を流れるもっとも基本的な行為でもある。
「きょうの服、襟元がとってもかわいいじゃん」と褒められたら、けっして「ありがとう!」だけでお終いにしてはいけません。「あなたこそ〜、いつも色のセンスが抜群ね」と返すのが等価交換の原則的なルールである。ましてや「わたしのいいところはそれだけじゃないでしょ〜 もっと褒めて もっともっと」というような言動はまさに愚の骨頂であーる。それは猿が股の間にバナナを一本挟み、もう一本くれ!と手を出しているのと同じ行為である。アイアイ アイアイ キッキッキッウキーッ
そんなわけで、少々くたびれたおっさん二人が喫茶店で打合せをしているうちに、お互いのいいところを10ずつ挙げて褒めあおう!ということになった(なんて呑気なおっさんたちなんだろう。もちろん内ひとりはわたしである)。冷静に考えればそんなことは愚行であること間違いないのだが、自信をなくし、普段からほとんどだれからも褒められないおっさん二人の目はかなりマジであった。
ロジェ・カイヨワの言説を持ち出すまでもなく、人が二人以上揃うと「遊び」が発生し、そこには「約束事」「役割」「道具やしつらい」が生まれる。それを松岡正剛は「ルール」「ロール」「ツール」のルル三条と呼んだ。
で、まずYくんがわたしを褒め殺し、そうしてわたしがカウンターを撃つようにYくんを褒めそやすということを五つずつやったところで、加速度が急に落ち、七つ目にはついに失速した。お互い言葉に詰まってしまったのだ。う〜 腕組みにしかめっ面、長い沈黙が続く。褒める言葉が見つからないのだ。語彙に乏しいのである。いやいや、テクニックの話ではない。美辞麗句に関するシソーラスを並べることならわたしにだって可能だ。ただYくんをきちんと観察・評価して、いざ、そこからYくんだけの着物を仕立てるような生産的美辞麗句になると脳がフリーズしてしまうのである。
「お互いに顔を合わせても、お互いをきちんと見ていないよね〜」 「さっきわたしのことあんなふうに褒めたけどさー・・・」 「人間って思い込みが激しい生き物だね。本当に思い込みだけで言いがかりつけてくる人っているよね。言葉尻だけをとって・・・」 「相手の言うひとつの言葉、ひとつの行動、ひとつの作品だけで、相手を全否定することってあるよね。そういう人に限って、おい、許してよ。こっちにも都合ってものがあるんだよ〜なんて言うくせにね」 「そもそも右とか左ってさー」 「偉そうなことばかり並べるだけで挨拶もできない奴が、相手を理解することなんかできないよ」 「それでいて相手にはこうしろ、こうあるべきだなんて偉そうなことばかりいうでしょ」 「けっきょく文明が滅びるのって寒冷化のときですから」 「無自覚に権威主義という言葉で相手を批判する仕方ってあるけれど、そういう人はそもそも相当なコンプレックスを抱えているんだとおもう」 「あそこのカレーはうまかった」 「相手に対して愛情がないのに、相手にはレスを求める。なんか変じゃない?」 「相手を信じてもいないのに何かを書いているうちに急に自分だけが素直になっちゃう(笑)で、相手に呼びかけるのに信頼関係ができていないものだから急に呼びかけてもだれからも返答がない、そんなブログって最近よく見かけるね」 「理想論は、それが〈理想武装〉だけをして突っ走ると、暑苦しいしけっきょく何も産み出さないよね」 「個人情報って言葉にやたらと敏感な人がいてさー・・・」 「そんなこと言ったら米だって外来種でしょう」 「俺たちってけっこうモラリストだよね〜」 「細かいしさ」 「恋ってね・・・ぼそぼそ」 「今回のガソリン税の問題って、けっきょく達成目標が明示されていないことから来る象徴的な現象じゃん」 「最近うどん食べてないな〜」 「中国と台湾も相変わらずくすぶっているね。五輪の聖火コースでも一悶着あったな」 「でもさ〜 こういった会話自体が、既成の倫理観から一歩もはみ出せていない無意味な理論じゃないかな」 「常識っていうのは何かそれぞれが抱えている幻想でしかないかもね」 「多角的に見ることそのもを享受しながら批判的に取受け止めるってことが大事かな」 「おいおいおい、もっとニーチェを読めよ〜」 「すまぬ、大学時代に洗脳されたロックやホッブズが抜け切れん」 「ロックやポップスじゃないわけね(笑)」 「ねじれという二重性を持って息苦しく呼吸している存在そのものがだね・・・きみ〜」 「焼き肉 行く?」
噛み合っているのか、いないのか。いないよね〜。いいの、いいの、おっさんだから。空気読めないし。KYっていうらしいね。しかしKYって色気のない言い方だね。KYのどこに色気や風刺があるんだろう。こーゆーネーミングセンスの連中におっさんのセンスをとやかく言われたくないぞ!
おっさん二人はそのあと止めどもなく話し込んだ。三時から始めたミーティングは気付いたときには、どっぷりと陽が暮れていた。ちなみに打合せの正味は十五分程度であった。打合せは短い方がいいでしょ〜。
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